名作RPG「MOTHER2」の日米版の違いについてまとめられた本が面白い

更新日: 2024年9月19日
公開日: 2021年6月24日
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国内向けに制作されたゲームを海外市場向けに展開する際、ただ単にテキスト部分を翻訳するだけではなく、現地の宗教や文化や表現規制などの様々な事情に合わせてグラフィック、サウンド、プログラム、場合によっては物語の設定そのものにも手を加える一連の作業をlocalization(ローカライゼーション)といい、動詞ではlocalize(ローカライズ)という。

1994年に任天堂より発売された平成を代表する名作RPGのひとつ「MOTHER2 ギーグの逆襲」は、当時のテレビゲーム業界の「ローカライズ」に一石を投じた作品といわれ、以降のテレビゲーム業界のローカライズに多くの影響与えているということはあまり知られていない。

海外でカルト的人気を得たEarthBound

MOTEHR2が日本で発売された翌年の1995年には海外市場向けにEarthBound(アースバウンド)というタイトルで発売されている。

本作は海外、とりわけ北米市場では日本以上のカルト的な人気を博しており、STARMEN.NETなどのファンサイトを筆頭にファン同士の交流も非常に活発だ。本作は現在でも中古市場において箱付きのものだと$1000、日本円にして10万円以上の値で取引されているほどの人気ぶりだ。

そんなEarthBoundだが、発売当初は様々な事情で売れ行きが非常に悪い不人気ゲームで、本作が今日の地位を築くのは発売からだいぶ後になってからのことだ。

https://youtube.com/watch?v=NrDJ9eEHv8E

こちらの動画はそんな不人気ゲームだったEarthBoundがいかにしてカルト的な人気を得るに至ったか、その道のりについて取り上げたドキュメンタリー映像だ。そして本作が海外市場において今日の地位を築くに至った要因にこの「ローカライズ」は非常に重要な役割を果たしている。

フルカラー432ページ、尋常じゃない考察と内容量の一冊

Legends of Localization: EarthBound 表紙
Legends of Localization: EarthBound 表紙

本記事で紹介する書籍”Legends of Localization Book 2: EarthBound”では、本作のローカライズについて日本語版と英語版を比較しながらこれでもかと言うほど深堀りし、丁寧に解説されている。あらかじめ断っておくと、本書は任天堂及びNintendo of Americaとは何の関係もなく、あくまでファンによって作られた書籍であり日本でいうところの同人誌的な扱いになる。

本書の著者であるClyde Mandelin氏はMatoという名前でも活動しており、ドラゴンボール、名探偵コナン、ワンピース、進撃の巨人、そして海外では未発売のMOTEHR3のファン翻訳版などでも知られている正真正銘のプロの翻訳家であり、前述したSTARMEN.NETコミュニティ出身の熱狂的なMOTHERシリーズのファンの一人でもある。因みにUndertaleの作者で有名なToby Fox氏もまたSTARMEN.NET出身のクリエイターの一人であり、彼はMato氏によって翻訳されたMOTHER3ファン翻訳版をプレイし、それに影響を受けてUndertaleを開発している。

そんなMato氏が制作した本書はMOTEHRに対する情熱で溢れており、内容も非常に濃く、フルカラー432ページの大ボリュームでありながらMOTHERファンはもちろん、英語学習者にとっても見応えたっぷりな一冊に仕上がっている。

以降では、ほんの一部ではあるが本書の魅力について可能な限りお伝えしていこうと思う。

アルプスの少女○○ジ、○○のところに何がくる?

Legends of Localization Book 2: EarthBound P112

「アルプスの少女○○ジ」、○○のところに何がくる?

第1の都市「オネット」のとある民家のドアをノックすると表示されるこのメッセージ、RPGでよくある「はい/いいえ」の選択肢で「はい」を選択することで○○の部分を答えるというジョークだ。答えは言うまでもなく「アルプスの少女ハイジ」。面白いかどうかはさておき、これをそのまま英語に直訳してしまうと意味のわからない文章になってしまうことは容易に想像できる。そこでこの「アルプスの少女○○ジ」に代わって考え出されたのが

“A Beatles song, XXXterday.” Can you fill in the blanks?

日本語にすると「『ビートルズの曲○○○terday』、○○○のところに何がくる?」といったところだが、ここで”Yes”を選択することでビートルズの名曲”Yesterday”になるといった具合だ。世界中で親しまれているビートルズの名曲に置き換えることで、英語圏のプレイヤーでもわかりやすく、かつ”Yes/No”で答えても意味が通るようになっている。

また、本書はすべて英語で英語圏の読者に向けて書かれているため、日本ではアルプスの少女ハイジがアニメ化され広く国民に親しまれていることについても画像を引用しながら丁寧に解説されている。

このように、日本語特有の語呂合わせにより英語に直訳してしまうと意味が通らなくなるものや、海外ではあまり馴染みがない題材が扱われているものは、原文の趣旨やニュアンスを残したまま適宜文章そのものを別のものに置き換えることで海外の人でもわかりやすくなるように工夫がされている。

病院のシンボルマークが削除された理由

Legends of Localization Book 2: EarthBound P116

病院をあらわすシンボルマークとして馴染み深いこの赤十字マークだが、海外版ではこの赤十字マークは病院の建物、看護師の帽子、タウンマップなどのあらゆる場面から削除されている。

Legends of Localization Book 2: EarthBound P117

今でこそ割と知られた話かもしれないが、この赤十字マークはジュネーヴ条約で使用方法が厳格に定められており、テレビゲームはもちろん、現実世界の病院や市販の救急セットに至るまで、許可なく赤十字マークを使用することは国際法により禁じられている。日本国内においても「赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律」で同様の内容が定められている。

MOTHER2の発売日よりもずっと前からこの条約及び法律は存在していたが、当時日本国内ではこの赤十字マークが無許可で乱用されており、今でもこのマークが病院を示すパブリックドメインだと勘違いしている人も多いだろう。当時の国内企業はコンプライアンス意識が希薄だったという話なのかもしれないが、この赤十字マークが海外向けにローカライズされる際に削除されたのは当然の成り行きといえる。

もちろん、日本の任天堂が許可を得て赤十字マークを使用しているという話は一切出ておらず、そもそも許可されているのは自衛隊や都道府県などの公益性のあるものに限られている。その反面、この赤十字マークの色や形状などに厳格な規格が存在していないというのもまた事実である。ですがこれは、戦場で負傷者の治療をするための医療拠点を緊急で設置した際に、常に規格に合った赤十字マークを用意できるわけではなく、臨時で赤十字マークを用意したとしても「これは赤十字マークの規格と合致していない」という理由で、負傷者が治療を受けている医療拠点を攻撃されてしまうことを防ぐという人道的な配慮によるものです。

だからといって、この赤十字マークの無断使用を指摘された任天堂が「赤十字マークの規格は国際法及び法令で厳格に規定されているものではなく、このマークは本作品オリジナルのものです」などと言い訳をしている姿はあまり想像したくない。

因みに、現在も日本国内においてWiiUでダウンロード販売されているVC版MOTHER2では今でもしっかりとこの赤十字マークが削除されることなく残っている。日本を代表する上場企業のひとつであり、とりわけコンプライアンスには厳格なイメージの同社だが、現在の作品では気をつけているので過去の作品については大目に見てくれ、ということなのだろうか。

ローカライズと宗教の問題

本作に登場する謎のカルト宗教団体「ハッピーハッピー教」

信者たちはブルーの奇妙な衣装を身にまとい、帽子には団体の略称を示す「HH」の文字が刻まれている。

これはアメリカで活動する白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン」へのオマージュだと思われるが、こちらは全身を白色の衣装で身にまとい「KKK」の略称で知られている。

らんぼうなしんじゃ
Legends of Localization Book 2: EarthBound P148

英語版のハッピーハッピー教の信者のグラフィックは、帽子にある「HH」の文字が削除され帽子の先端に白色のファーのようなものを追加することで国内版のものよりも可愛らしい印象を与える見た目になっている。

インターネットもない時代、アメリカから遠い異国の地である日本でなら許されたブラックジョークだったのかもしれないが、本家の団体が活動するアメリカの地でこれらの変更が加えられたこともまた必然と言えるだろう。日本で例えるなら、長髪で長いヒゲをたくわえた教祖を崇拝し、頭には奇妙なヘッドギアを被り、あぐらをかきながら空中浮遊したカルト宗教の信者が毒ガスを撒き散らしながら主人公たちに襲いかかってくるようなものだろう。

このように宗教的な内容を扱うゲームにおいては、任天堂に限らず他のゲーム会社の作品でも同様にローカライズの過程でゲーム内容に変更が加えられることが多々あり、本書では他にもいくつかの類似例が紹介されている。

Legends of Localization Book 2: EarthBound P149

エニックスより発売された「ドラゴンクエスト4」では、教会にある十字架が五芒星に変更されている。

ウンジャマラミー
Legends of Localization Book 2: EarthBound P149

ソニー・コンピュータエンタテインメントより発売された「ウンジャマ・ラミー」では、地獄ステージがアイランドステージに変更されている。こちらは前述の2つと比べるとかなり大幅な変更になっている。

海外の多くの国々で宗教はとてもデリケートな問題であり、何気なく神や十字架を扱ったり、時には現実に存在する宗教団体を模した架空のカルト宗教団体を登場させてしまう日本のゲームの方がむしろ異端なのかもしれない。元々日本には多神教の文化があり、他国と比べて宗教を意識する機会が少ないといった事情もあるのだろうが、これは海外の人々にとっては少々受け入れがたい話なのだろう。

テレビゲームのローカライズに一石を投じたEarthBound

冒頭でもお伝えした通り、本作はテレビゲームのローカライズに一石を投じた作品と言われている。

本書ではEarthBoundがなぜそのように呼ばれるようになったのかを実例を交えながら事細かに述べられており、ここではその一例を紹介する。

Legends of Localization Book 2: EarthBound P75

一般的に初期のコンピュータやテレビゲームでは「等幅フォント」というすべての文字の文字幅が一定なフォントが使われている。これに対して文字毎に文字の幅が異なるフォントを「可変幅フォント」という。可変幅フォントは自然で読みやすい印象を与える反面、文字幅が一定でないぶん等幅フォントよりも文字を描画する際のプログラムが複雑になってしまい、より多くのCPUやメモリを必要とする。これはコンピュータリソースが限られていた初期のテレビゲームにおいて明確な欠点だった。

コンピュータリソースが限られていた初期のゲーム機において、日本ではMOTHER2を含む多くのゲームで等幅フォントが採用されていた。加えて、日本語という言語は等幅フォントでも比較的に文字のバランスが取りやすいという事情もある。これは作文の時などに使う等間隔でマスが並んだ原稿用紙が日本で広く普及していることからもわかる。

これに対して英語という言語はアルファベットの大文字と小文字が混在しており、等幅フォントになってしまうと非常に読みにくい印象を与えてしまう。試しに原稿用紙に横書きで大文字と小文字が混在した英文を書くところを想像すると、その書きにくさと読みにくさがわかると思う。アクションやシューティングゲームなどの文字をあまり使わないゲームでは、アルファベットをすべて大文字で統一することで等幅フォントでも自然で読みやすい印象を与えることができるが、RPGなど大量のテキストを表示する必要があるゲームですべてを大文字にしてしまうと、どうしても読み手にストレスを与えてしまう。

そこで元々等幅フォントで開発されたRPGを英語にローカライズする際は、可変幅フォントで大文字と小文字を混在して表示させることがある。しかしここでひとつの問題が発生する。

Legends of Localization Book 2: EarthBound P76

等幅フォントの場合、テキストの改行位置は文字数を数えれば容易に算出することができるが、可変幅フォントでは文字の幅が異なるため文字数を数えるだけでは適切な改行位置を算出できない。単語が途中で切れたり文字がウィンドウからはみ出ないように多めに余白を取ると非常に不格好になってしまい、かといってすべてのテキストに手動で改行を挿入するとなると膨大な時間と労力が必要になり、せっかく手動で改行を入れても後で文章に変更が発生すると再度改行位置も調整するはめになる。最も一般的な方法は、予めコンピュータでテキストに改行位置を挿入してフォーマットしてからゲームROMに書き込む方法だ。しかしこれだと、例えばテキスト内にプレイヤーが自身で命名できるキャラクター名などが混じってしまうと、コンピュータでテキストに改行位置を挿入する段階でキャラクター名の文字数を事前に把握することができないため、キャラクター名の文字数によって改行の位置がずれてしまう。

Legends of Localization Book 2: EarthBound P76

そこで本作ではローカライズの際、可変幅フォントでも改行位置を自動で挿入するプログラムをゲーム自体に実装している。これによりテキスト内にプレイヤーがで任意で決めれるキャラクター名などが含まれていても、必要に応じて自動で改行を挿入することができるので、翻訳者は文字数の制限をうけることなく文章を作成することができる。

実際に本作の翻訳を担当したMarcus Lindblom氏は、自身が過去に担当した文字数制限が伴うスターフォックス2の翻訳を担当した時の経験と比較し、EarthBoundの文字数に制限されないテキストシステムを称賛しています。

ローカライズという作業は市場での売れ行きの見通しが立ちにくいことから非常に低予算であるのが常で、ローカライズ作業の過程で新たにプログラムを作り直すという本作の大掛かりな取り組みは当時としてはとても画期的な試みでした。

本作ファンだけでなく英語学習者にもオススメの一冊

本書はMOTEHRファンはもちろん、英語学習者やコンピュータープログラマの人でも楽しめる非常に内容の濃い一冊になっています。

すべて英語で書かれているので英語の勉強にもなり、テレビゲームのローカライズがどういう仕事なのか、日本と海外(主に北米)との文化の違い、当時の社会背景、コンピュータリソースの制限があった時代だからこその工夫など、読んでいるだけで非常に多くのことが学べます。

本書の内容の一部はMato氏のホームページ上で無料で公開されているので、興味のある方はまずそちらを覗いてみることをおすすめします。

EarthBound / MOTHER 2 Translation Comparison / Legends of Localization

全文を読んでみたいという方はFangamerという通販サイトから購入できます。尚、本書はFangamerの日本国内向け通販サイトであるFangamer Japanでは販売されていないので注意してください。